<こんにちは、はじめまして>

<ミラノ・スフォルツァ宮殿。16世紀イタリア貴族の衣装を着て、ルネサンス音楽をライアーで演奏>

🐸 思い出してみれば、なんだか当たり前のよう目の前に開いていった道。。生まれてまもなく熊本に預けられ、親を知ったのは4歳になったばかりでした。小さい頃の私は自閉があり、5歳になっても喋らず口を半ば開けてぼっとしていました。母が医師に相談をしたころ、音楽を続けることを勧められました。それが良かったのか悪かったのか、その後の私はピアノやバレエに夢中になりました。半面霊感が強く、亡くなった叔母などからの言づてや祖父母の家の門柱の真ん中にあるお墓のこと(本当はない)を伝えたりしていました。そのうち占いやスピリチュアルから魂、精神や心に傾倒していきました。病気だった母への看病疲れの傍らにはいつも音楽があり、歌があり、私を元気づけてくれました。フランス歌曲の詩が好きで声楽も始めたのでした。しかしある日突然、ジストニアという病気を患い、声をまったく失ってしまいました。落胆と恐怖の中で舞台を降り、生きる希望の光を失ってしまいました。さらに数年後には母と同じ膠原病に罹り、あれよあれよと体力が奪われ、治療のために本当にたくさんのことを試し、経験することとなりました。いろいろありましたが、現在はおかげさまで低空飛行ながら安泰な人生を歩んでいます。

​🐸 そういった事柄が少しずつ、療法の世界に私を誘ったのだと思います。最初、フランス・ナント医科大学の音楽療法科に入ったのですが、興味のつきない私は音楽だけでは飽き足らず、ソルボンヌ大学(パリ第5大学パリ・デカルト)の心理教育科の芸術療法科に入りました。それも2回も落ち続けてやっとの合格、入るのに3年もかかってしまいました。大学ではフランスで一番古いサンタンヌ精神病院と提携しており、多くの魅力あふれる精神科医や心理学者と出会い、歴史と共に歩んできた精神科や心理学の授業を受けることができました。またパンテオンのアンフィテアトルでの授業は、その建物の美しさ、その歴史の深さに感慨深いものがありました。授業では療法士資格を目指すさまざまな芸術家と出会い、まことに楽しい日々でした。しかしレポートの多さとインターンの大変さとボールペン使用の筆記試験は、今思い出しても涙がこぼれるほど辛かったです。

現在私は、仕事量に比例して、日本に住む時間がかなり長くなってきました。そしてリモートの使用が増え、フランスにいたとしても、レッスンやセラピー、カウンセリングを受けてくださり、便利で気軽になったものだと感じます。

🐸 小さい頃から授かっていたこのスピリチュアルな感覚を隠すことなく、また今まで勉強し経験してきたことを融合させて何か人の「お手伝いをする」「お伝えする」ことで役立てていきたいと思っています。持病とじょうずに向き合い、つき合いながら、いただいた命に対して生きてて良かったなと思えるように、これからもっと楽しく過ごしていこうと思っています。

このホームページは2005年「ライアーの宝箱」から現在のakiyo.siteに移し、現在に至っております。そしてブログも2005年から「Akiyoの気まぐれ日記 in Paris」から始め、まだ細々と続けています。また2016年よりYouTubeもやっています。どうぞごお時間のゆるす限りご覧になってみて下さい。

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